日本?東京で11日、「歴史を忘れず、未来を拓く」をテーマとする日本華人教授会?中国日本史学会?東亜教育文化研究会による国際シンポジウムが開かれ、世界の研究者らが、中国人民抗日戦争や世界反ファシズム戦争をふり返った。シンポジウムには、村山富市元首相が書面メッセージを寄せた。村山元首相のメッセージ全文を紹介する。
戦後60年の8月に当たって、「歴史を忘れず 未来を拓く」というテーマで国際シンポジウムが開催されるのは、まことに意義深いことであります。暑い中、さまざまな準備をしてこられた皆様方に、敬意を表します。 私は、王毅大使のお話を伺い、専門家の諸先生方の研究成果をお聞きすることを楽しみにしておりましたが、出席することができず、たいへん残念に思います。 悲惨な戦争の時代を体験し、この60年間、平和のために一生懸命活動してきた者として、若干の思いを述べさせていただきます。 今年は戦後60年であるとともに、日露戦争100年でもあります。 日露戦争は、日本とロシア二国間だけの問題ではなく、イギリスやアメリカなどもからんだ国際的な紛争でした。当時は、戦争に反対する声は極めて少数であり大衆的な運動はなく、開戦を防止するための多国間の話し合いも持たれませんでした。そして、戦場となったのは、日本の地でもロシアの地でもありません。それは他国である中国東北部と朝鮮半島と、その周辺海域であったことを忘れてはなりません。 勝利におごった日本は、植民地支配と侵略へと突き進み、太平洋の島々を含む広範なアジア近隣諸国の人々を戦争の惨禍に巻き込んでしまいました。そして、真実を知らされなかった日本国民にも、過酷な運命が待ち受けていました。 広島や長崎に原爆が投下されてから60年が経ちましたが、今なお後遺症に苦しんでいる人が多くいます。また、毒ガスを使用した化学兵器がきちんと処理されないまま放置されたことによる被害も、国の内外で起こっています。戦争の惨禍は長く人々を苦しめるということを、改めて心に刻まなければなりません。 私は、戦後50年に当たる1995年8月15日に、内閣総理大臣として談話を発表しました。それは、日本の歩みを振り返り、これから私たちが進むべき方向を示そうとしたものであります。 改めて、その一部を述べてみます。 「いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。 敗戦の非から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。」 この総理談話が出てから、ちょうど10年となります。その後の、歴代の日本政府はこの方針を継承しています。しかし、言葉は行動で示され、なおかつ相手の心に届くことが大切であります。この点、日本政府は、もっと自覚して努力しなければなりません。 |