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明、清朝の皇宮群【北京故宮、瀋陽故宮】

投稿時間:2007年08月閲覧数:
明、清朝の皇宮群【北京故宮、瀋陽故宮】の情報を紹介します,中国の遺産を写真と詳細の情報、行きかたなどの専門ページです。
英語名称:The-Imperial-Palace 明、清朝の皇宮群【北京故宮、瀋陽故宮】
世界遺産登録年:1987 年、2004年
遺産のタイプ:文化遺産
所在地:北京、瀋陽
 

「北京故宮」(紫禁城)

故宮は北京の中心部にある。明の隆昌期に永楽皇帝朱棣が南京から北京に遷都するため、永楽4年(1406年)から14年かけて建造したもの。その後、500年にわたり明と清の二王朝の皇帝24人がここで暮らし、最高の皇室の権力を駆使していた。
  故宮は現存する木造建築物として、世界最大規模とも言える。東西750メートル、南北960メートル、周囲は3420メートル、面積は72万平方メートル、総建築面積は15万平方メートル。700あまりの部屋に、9999間(柱と柱の間は1間という)も数えられるそうだ。屋根は黄瑠璃瓦で葺かれ、土台は大理石を使い、欄干は漢白玉(真っ白な大理石)でできている。南にある午門(故宮正門)から北の神武門に向かって一直線に左右対称に大きい宮殿が並び、中心軸にもっとも重要な宮殿を設置されてある。前半と後半に分けられ(言わば「外朝内廷」)、政治と生活区域の建築風格が異なる。1949年以来故宮博物院として一般に公開されている。
  故宮内に最も重要な宮殿は外朝にある太和殿である。建築面積は2377㎡で故宮の中で一番大きな宮殿。高さ5mの大理石の土台上に建てられ、周りに青銅製の鶴、亀と香炉などが置かれてある。建物の前後には御路と呼ばれる大理石の皇帝専用の階段があり、中央に竜や雲などが彫刻されている。
昔、皇帝の即位や婚礼、詔書の発布など国家の重要な式典や春節、冬至、万寿(皇帝の誕生日)などの行事がこの太和殿にて行われた。
  太和殿の下り屋根には「走獣」と呼ばれる瑠璃瓦製の飾りがある。伝説上の動物(神力あり、魔よけものだと言われる)を仙人が率いている。どの建物にもあるが、太和殿のものが一番多く(9匹)ある。屋根の一番上の両端にある大きな飾りは、口を開けた動物の形で火よけの意味がある。
  殿内には「宝座」と呼ばれる皇帝専用の椅子があり、「宝座」両側の6本の柱に金箔で昇竜が描かれている。地面に「金セン」と言われるつやのある煉瓦を敷いてある。

「瀋陽故宮」
瀋陽市の中央にある瀋陽故宮は、清朝の初代皇帝、太祖ヌルハチ(努爾哈斉)と2代皇帝、太宗ホンタイジ(皇太極)により建立された皇城で、1625年に着工、1636年に完成した。総面積は約6万平方メートル。北京の「故宮」の12分の1の大きさではあるが、300以上の部屋を持つ70以上の建物が建ち並び、満州族の威厳と風格が感じられる。敷地内は大きく東、中、西路の3つに分かれている。入口を入ってすぐの東路正面に建つ大政殿は、かつて大典が行われていた場所。黄色の瑠璃瓦の美しい八角二層のこの建物は、漢、満、蒙の3民族の建築的な特徴を兼ね備えた傑作といわれている。中路には故宮の中心となる建物が一直線に並んでいる。 中央には玉座の置かれた崇政殿、その背後には三層の鳳凰楼、さらに奥には皇帝や皇后、皇族達の生活していた建物がある。盛大な宴会が催されていた鳳凰楼は故宮で最も高い建物で、楼上からは市内を一望できたという。皇帝の寝室だった清寧には、太宗ホンタイジが死去したという寝室が保存されている。西路には嘉陰堂、戯楼、歴代の重要書「四庫全書」を収めていた文溯閣などがあり、これらは北京遷都後に乾隆帝により建設されたもの。ヌルハチとホンタイジの宮殿であった故宮は、順治帝が都を北京に移した後も離宮として使用され、先祖の墓参りや東北地方巡回の際に皇帝が滞在していた。現在は瀋陽故宮博物館として公開され、建物内には優雅な家具、調度品や食器類が展示されている。

明、清朝の皇宮群【北京故宮、瀋陽故宮】
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